結進
ジャパン・レザー・グッズ・マイスター 小物部門

日本の伝統を受け継ぐ「菊寄せ」

 日本の伝統を受け継ぐ「菊寄せ」

はじめに

日本でただ一人のマイスター

江戸時代の和装文化に端を発する“袋物仕立て”などの伝統技法。巾着や紙入れなどの粋を表現する美しい技を進化させ、レザークラフトに落とし込んだブランドが「キプリス」。中南米の熱帯雨林に生息する世界で最も美しいとされる蝶類から名付けられたブランド名にふさわしく、美しい佇まいと確かな技術で作られた実用性が特徴です。

 また、皮革産業団体が主催する技術認定試験の紳士小物部門で1級を取得した職人の多くが在籍しており、その生産体制は国内でも最大級を誇ります。その工房を指揮しているのが、結 進(ゆい すすむ)さん。国内でただひとり、2019年に「日本皮革産業連合会」の「レザーグッズマイスター 小物部門」に認定されました。いまなお現場の最前線にたって自ら物作りに向き合い、職人の育成にも力を尽くしています。

 結さんと2名の1級資格取得スタッフを交えて、職人としてのプロフェッショナルな心構えや人材の育成に対する姿勢を伺いました。後半では、和装文化から受け継がれた日本独自の技術「菊寄せ」についてもご紹介します。

インタビュー

日本の伝統を受け継ぐ「菊寄せ」

職人としての「いいもの」という定義

     3名とも技術認定試験で1級を取得されています。どのようなきっかけで職人の道を志し、成長されてきたのでしょうか?

 結 進(以下 結) 私は兄がレザークラフトの職人をやっていたので、自然とこの道に進みました。レザークラフトにおけるさまざまな技術を覚えながら、いつも「どうしたら“いいもの”が作れるのか」ということを考えていました。職人の仕事でいうところの“いいもの”の定義というのは、おかしなところがないこと、違和感を感じさせないことです。つまり自然な佇まいで整っているもの。これが100点だと思うのですが、なかなか難しい。そのために頭で考えて、手や体を動かしていく。それが職人の基本だと思っています。

 藤本 英宏(以下 藤本) 私は学生時代からレザークラフトが好きで、学校の自由課題ではいつも革小物を作っていました。自分で作ったものを実際に使いながら、世の中に売っている商品を見に行ってどこが違うか比較していました。あるとき、百貨店の大丸東京店でキプリスの製品を見ていたときに製品について教えてくれたのがMD部長の石岡 晃二さんで、工房見学に誘ってくれたのです。そこで結先生に初めてお目にかかりました。色々とお話を伺っている流れで、そのまま就職させてもらうことになったのです。熟練の先輩職人に囲まれているので、聞いて、見て、盗んで、常に勉強できる環境に恵まれました。

 篠塚 なつみ(以下 篠塚) 私も子供の頃から絵を描いたり、ものを作ることが大好きで、 服飾の専門学校で鞄作りを勉強していました。何か物作りの仕事に就きたいなと思っていたのですが、小物って学校で教えてもらうことがないんです。そこで、技術的に優れていて教育体制もしっかりしている会社で働きたいと思って就職しました。いまでは班長という立場で仕事をさせてもらっていますが、若いスタッフに教えていて「上手だ」と感じたら、何が良かったのかを考えて自分の作りにも取り込むようにしています。そして、その姿勢も伝えることで、班全体の学びに対する柔軟性を持たせるようにしています。

デザイナーのイメージを形にするプロ

     トントン、タタタンと、ものづくりの音が心地よいですね。皆さん黙々と仕事に打ち込んでいますが、キプリスのものづくりの特徴はどのようなところになりますか?

 結 私たちの仕事は、図面をどうやって形にするかに尽きます。しっかりと練られた図面にはデザイナーの様々な意図や狙い、思いが詰まっているわけです。それを頭の中で組み立ててみて、段取りが見えたらサンプルを作る。私の場合、このサンプルは基本的に一回しか作らないんです。寝てる間に思いついたりすることもあるくらい、ずっと考えて考えて、考え抜く。そうやって作業プロセスがイメージできたら、ひたすら美しく、早く作る。だから、仕事中はあまり会話をしませんね。

 藤本 丁寧に作るだけなら、実はそんなに難しくないんです。私は趣味でもレザークラフトをしているんですが、コストパフォーマンスや生産性を考えると世の中に出てこないような凝ったアイテムを作ってみたくなるんです。それはそれで楽しいのですが、プロとしてお金をもらうことはできません。では、プロとは何かというと、美しいものを早く、安定して作れることなんです。同じクオリティのものを、同じ時間で一個でも多く作れるように考える。そのときに、先輩から教わった技術がほんの少しアップデートされることがあるんです。同じものを作り続けるなかでも、漉き具合や革の感触など、少しずつ違います。ですから、しっかりと自分の作業に向き合いながら手を動かし、同時に「どうやったらもっと早く作れるか」ということを考え続けていますね。

 篠塚 やればやるだけ上達するというのはこの仕事の面白いところです。上達には技術的な成長と、仕事の段取りや理解なども含めた効率の成長があると思います。例えば個人でものづくりをしていたら、自分の生産量を自分で決めると思うんです。でも、ここは職人が集まった会社なので、何をいつまでに何個作るかということが大切です。たくさん手を動かせるということは、上達の機会がたくさんあるということだと思います。結先生のサンプルを見るだけでも勉強になりますし、「私ならこうする」という視点を持つこともできる。さらに、後輩に教えていく過程で技術に論理が追いついてくるときがあるんです。どうやって教えたらわかりやすいかを考えているうちに、プロセスと理屈が一体になるというか。そうすると、不思議と別のアプローチが見えたりすることもあるので、教えることで上達できるというのもこの環境の特徴かもしれません。

 

良いものを見ることも仕事

     先ほど一枚の新聞紙をさらに、二枚に漉いたものを見せていただきました。職人として、技術や仕事に対して難しいと感じることはありますか?

藤本 新しい図面を見たときには、色々と考えることが多いです。特に新しい技術を取り入れていたり、デザインや素材などの凝ったものは試行錯誤する必要がありますね。図面に表現されている雰囲気を職人として形視するわけですが、外部の「漉き職人」にどういうニュアンスで伝えるか。この「漉き」ひとつで製品の雰囲気がシャープにもなれば、ふっくらと柔らかい印象にもなる。後でご紹介する「菊寄せ」も漉きの技術が大切なんですが、このわずか0.1mmの世界をどうするかというのは奥が深いと思います。

篠塚 私はまだ自分の癖が出てしまうときがあるので、いつも気をつけるようにしています。誰にでも視線の癖というものがあって、普通の生活ではそれほど影響は出ないのですが、カード段を平行に作っているつもりでも微妙に偏ってしまうときがあるんです。もしかしたら買う人、使う人は気づかないかもしれないレベルなんですが、職人としてそれでは駄目。先輩の仕事を見ていて、きっちりと揃っている製品を見るとやっぱり違うなと思いますね。それが先ほど結先生が言っていた「違和感を感じさせない製品」ということなのだと思います。

 結 私はそれが職人としてのセンスだと思っています。違和感に気づく力というか、その精度が最後の1%を決めるわけですから、気付けなければ直せないし、上達もできないのです。さらに、私だって100個作ってすべてが100点というわけにはいかない。だから毎回反省しながら試行錯誤を繰り返しているんです。先ほどの新聞を漉いた職人は外部の方なのですが、あれだって毎回はなかなか難しい。ああいうことに挑戦できる腕の良い職人もだいぶ少なくなりましたね。でも見本を残しておけば、一流の仕事がどういうものかを後世の人たちにも見せてあげることができる。ものづくりの会社としては、そういうことも大事だと思っています。ですから、私の作ったサンプルなんかも全部保管してあるんです。

藤本 先生のサンプルが仕上がったときには、スタッフに「あのサンプルは見ておいた方が良いよ」とアドバイスしますね。

まだ見ぬ継承者こそ、挑戦者

     一流の技術と職人を残していくことの大切さや難しさについて教えてください。

結 私も何も知らないところからスタートしました。身につけてきた技術は、ファッションのトレンドや技術革新なども含めたカルチャーなどに合わせて進化してきたものなのです。昔の男性はジャケットに長財布を入れていたので、薄く作ることがスマートでした。いまは鞄に入れて持つ人も多いからラウンドジップも人気ですし、キャッシュレス化が進んできたら小さな財布も人気になるわけです。技術だけ残しても、それを楽しんでくれる人がいなくなっては意味がないわけですから、実物を手に取ってもらえる機会も大事にしていきたいですね。文化がしっかりと残り、育っていけば、自ずと職人を目指す若者も増え、切磋琢磨しながら良い職人が育っていくんじゃないでしょうか。

藤本 私たちは基礎的なことをしっかり教えるように努めています。そのうえで、わからないことや気になったことは、自分からどんどん聞いていく姿勢も持って欲しいですね。そうやって自分なりに気づいたことが技術の進化につながるわけで、同じ製品でも10人いたら10通りのアプローチがあっていいんです。そのアプローチが違っても、クオリティに差が出ないように教育するのが私たちの仕事だと思っています。結先生のすごさは、長いキャリアを経てなお進化していくところにあると思います。サンプルなんかの仕上がりを見ていると、本当にすごいなと感動します。

篠塚 でも、結先生のサンプルを見ていると、本当にいろいろなアイデアが沸いてくるんです。「ああしろ、こうしろ」と言われないだけに、目的に対していろんな方法があることを学ぶのは本当に大切。ここで使う機械はミシンだけなので、頭で考えて手を動かさなければものは生まれません。良い先輩の技術に触れ、後輩に教える機会に自分の技術を振り返る。職人として成長するにはベストといえる環境だとおもっています。例えば私たちが使っている道具も、全部先輩から教えてもらいながら、それぞれが使いやすいようにカスタムしているんです。どうすれば使いやすくなるか、自分ならどうするか、それが自分なりのものづくりにつながっていくんです。受け継ぎながら、新しいことに挑戦していく。その繰り返しが伝統になり、文化を支えていくことにつながると思います。

今回ご紹介するレシピは、日本独自の和装文化からうまれた「菊寄せ」です。

なぜこのレシピをご紹介するのでしょうか?

キプリスというブランドは日本の技術と感性、日本人の心くばりを表現した革小物を作っています。今回ご紹介する「菊寄せ」と言う技術は、もともと「隅寄せ」と呼ばれていた角の処理技術です。でも、私たちはただ革を寄せて処理するだけでなく、美しい仕上がりを目指していました。その結果、繊細な刻みがまるで菊の花のように見えることから「菊寄せ」と呼ぶようになったのです。革小物の表情がぐっと引き締まる技なので、しっかり紹介したいと思います。

 

インタビュー:Kentaro Iida
写真:Tara Kawano

レシピ

日本の伝統を受け継ぐ「菊寄せ」の作り方


ステップ1

型紙に合わせて革を裁断します。

<達人のポイントアドバイス>
革包丁をしっかり研いでおこうと思います。

STEP.2

「革漉き機」でヘリを漉きます。

STEP.3

ヘリを透いた革のコーナーをさらに手で漉きます。

<達人のポイントアドバイス>
ここでも革包丁をしっかり研いでおくことが大事。道具をきちんと調整するのも技術のうちです。「化粧裁ち」まで「切らなければ、端は多少削り落とすくらいの気持ちで漉く。

STEP.4

コーナーが0.1mmに漉けたか、革の厚みをしっかり確認する。

<達人のポイントアドバイス>
内側から端向けて傾斜が付くように削るのがコツで、一番端は0.1mmの厚さが理想。

STEP.5

のりをつけて台革にしっかりと張り込んでいく。ヘリ返しが余ると不格好なので、のりの量は付けすぎないのがポイント。「菊寄せ」する部分にはのりを付けずに残しておく。

STEP.6

のりを入れたら「寄せネン」を使って「菊寄せ」する。一つの菊寄せに9つの山ができるのが理想。

菊寄せを動画でみる

<達人のポイントアドバイス>
4つ折り込んで、角の中心に5つめの山が来ると綺麗に9つの山ができる。

STEP.7

きちんと「菊寄せ」ができたら、残りのカ所も同様に「菊寄せ」する。

STEP.8

かぶせのミシンがけをする。

<達人のポイントアドバイス>
ともかくまっすぐ縫う。キプリスでは角を直角に縫うのが伝統。

STEP.9

熱を加えた「一本ネン」でヘリ返しの引っかかりを押さえつける。

<達人のポイントアドバイス>
きっちりヘリ先に合わせて触り心地がスムーズになるようにネンを引くことが大事。使い勝手も良くなるし、佇まいがシャープな印象になる。

STEP.10

最後に、デザイン上のお化粧として「玉ネン」を引くのがキプリス流。

<達人のポイントアドバイス>
紳士物は「玉ネン」を引くと雰囲気が締まるが、女性もののように柔らかい印象を与えたい場合は「玉ネン」を引かない。

STEP.11

完了です。

作者プロフィール

結進

結 進 (中央)

昭和24年、静岡県生まれ
親類が同様の仕事をしていた事がきっかけで、18歳からこの世界に入る。
歴史に裏打ちされた確かな日本の伝統技術“袋物し立て”を継承する。
その技術を伝えるべく若い職人の指導育成にも力を注ぐ。
・平成23年度 第一回 鞄・ハンドバッグ・小物 技術認定1級試験、小物部門合格。(一般社団法人日本皮革産業連合会/一般社団法人日本鞄ハンドバッグ協会 主催)
・平成24年 MFUマイスター《技術遺産》受賞
(一般社団法人日本メンズファッション協会)
・令和元年 JAPAN LEATHER GOODS MEISTER 小物部門 認定。
(一般社団法人 日本皮革産業連合会)

 

藤本 英宏 (左)

1980年生まれ、東京デザイナー学院・プロダクトデザイン学科を卒業後、2001年入社。

篠塚 なつみ (右)

1990年生まれ、文化服装学院・バッグデザイン科を卒業後、2012年入社。