インタビュー
立体的な鞄づくりに欠かせない「駒合わせ縫い」
鞄づくりは父から学びたかった
野谷さんはもともと帽子のデザイナーとしても活躍されていたと伺いましたが、なぜレザークラフトの道へ進んだのでしょうか?
帽子はファッションのなかでもとても華やかなアイテムで、どうしても帽子を作りたかったわたしは、無理を言って学校に通わせてもらったんです。おかげで帽子デザイナーとしてウェディングや広告など素敵な仕事に携わることができました。その頃から、いつか帽子とセットで鞄をデザインし、作ってみたいという想いを抱いていたんです。子育てが落ち着いて、キャリアを再開するタイミングで父に相談したところ、鞄づくりの研修に参加してみないかと誘われたのがきっかけです。「研修が終わったら、わたしが教える」と言われて、背中を押されたような気がします。帽子は自分でどうにでもなるけれど、鞄はやっぱり父に教えてもらい、技術を残していきたいという想いもあり、そこから鞄づくりを学びました。今回の作り方をご紹介させていただいたポシェットは、長男が生まれた時に父が作ってくれた思い出のものと同じ形のポシェットです。そして、初めて駒合わせ縫いを父から教えてもらった時の教材もこの形のポシェットでした。私にとって思い入れのある鞄です。
教わるのではなく、伝わるものもある
鞄づくりではどのようなことを教えてもらったのでしょうか?印象的だったことなどはありますか?
鞄づくりを教えてもらうことで、父とはたくさんの時間を過ごすことができました。技術に関しては「ここは大事なところだから、よく見ていなさい」といった感じで、教わると言うよりも見て覚える感じでした。あれこれ細かく指導するのではなく、わたしの作ったものを題材にして、どうすればもっと良くなるかを一緒に考えてくれるような教え方です。そして、鞄づくりに対する想いや姿勢など、仕事に対する気持ちを間近で感じることができたのは幸せなことです。いつも鞄を縫うときはきちんとネクタイを締めていたのを覚えています。また、父は教えるだけでなく、よく聞いてもくれました。わたしが洋裁学校で学んだことや、わたしたちの世代がどんなことに関心を持っているかなど、さまざまなことに興味を持っていたのが印象的でした。戦争で捕虜になった話や革鞣しの技術についてなど、仕事のこと以外にもたくさんの話を聞きました。
針二本でなんでもつくれる技術
吉蔵さんの技術を間近で見ていて、凄いと感じることはどのようなところですか?
アトリエの一階にある「𠮷田吉蔵記念館」にも置いてありますが、手縫いでトランクを作っているときはその技に驚きました。レザーの表情が美しく、大切なものをしまって旅をするのに相応しい風格を備えたトランクです。縫い目も均一で、まさに「一糸乱れぬ」美しさです。平面的な造形だけでなく、立体的で頑丈なトランクをたった二本の針で作り上げたのかと思うと、本当に凄いなと感動しました。そのとき父が駆使していたのが、今回お教えする「駒合わせ縫い」という技術なんです。わたしはいまでも「ポーター 表参道」の工房でコインケースを縫っていますが、小さなコインケースの中にカバン作りの多くの要素が詰まっています。もちろん、駒合わせ縫いも用いるのですが、何個同じものを作り続けていても難しいものです。小さなものでも大変なのですから、改めて父の凄さを実感します。しかも、本人はそれを事もなげにやってのけるのですから、職人としても凄い人だったのだと思います。
人が使って完成する道具
いま、スクールで生徒さんにも教えていらっしゃいますが、手縫いの革製品を作るうえで大切なことはなんでしょうか。
帽子や鞄というのは人の身体に密接に関わる道具です。持つ人に合わせて少しずつ馴染んでいくわけですから、できあがりがゴールではないと思っています。使ってもらうことではじめて完成していく道具ともいえますね。極端にいえば「中に入れたものが落ちない」というのが鞄の最低限の機能だとお話をしています。そのために大切なことはやはり「基本の技術」だと思います。「こんなものを作りたい」という想像を実現するために、世の中はどんどん進歩していきます。これからも新しい考え方や技術が生まれてくると思いますが、それでももとを辿れば基礎的な技術に辿り着くものです。わたしも何度も同じことを教えていながら、まだ新しい発見に気付くことがよくあります。生徒さんも技術が上達してくると、上質な革を使ったシンプルなデザインを求めるようになる傾向がありますが、ものづくりを通して「洗練される」というのがどういうことか、みなさん自然に学ぶのかもしれません。
ぜひ、良いものを知って欲しい
コロナ禍でものづくりをするひとが増えたと聞きます。なにかアドバイスはありますか?
道具や素材の良さを感じることは、ものを作るうえでとても大切なことだと思います。とくに、今は良い道具を作れる職人さんが減ってしまっています。わたしは父が使っていた「目打ち」をメンテナンスしながら使っていますが、そういう道具のメンテナンスの職人さんも減っています。仕事を頼まなければ、素晴らしい技術や文化も途絶えていくのでしょう。革の素材も、良い革とはどういうものか、何が違うのか知って欲しいと思います。良いものはそれなりに値段もしますが、使ってみることでなぜ高いのか理解できます。いろいろと試して違いを知るのは良い勉強になります。せっかく手を使ってものを作るんですから、良い道具を使って、良い革に触れることの喜びを大切にして欲しいです。そして、良いものを作れるようになって欲しい。基本的な技術をきちんと習得しながら、ひとつひとつ丁寧に作っていけば必ず上手になります。そうしてレザークラフトの楽しさが広がり、文化が残っていったら嬉しいですね。これからも、デザインや技術など新しいことにどんどん挑戦しながら、鞄作りを楽しんでいきたいと考えています。
インタビュー:Kentaro Iida
写真:Tara Kawano