パンチングレザーと刺し子を組み合わせた唯一無二のレザージャケット
見事グランプリを受賞した石橋善彦さん。受賞作についてはもちろん、時間とコストにとらわれず創作を続けてきた彼のものづくりに対する姿勢について、じっくりと話を聞いた。
妻からの頼まれごとが創作のきっかけに
レザーウエアとしては2009年以来14年ぶり、レザージャケットとしては初となるグランプリ受賞を果たした石橋さん。「2016年に別のレザージャケットで部門賞をいただいたことはありますが、今回はグランプリということで喜びもひとしおでした」と、満面の笑みを見せる。
受賞作品は、パンチングレザーに刺し子を組み合わせたライダースジャケットだ。刺し子とは、布地に刺し縫いをして糸によってさまざまな模様を描く手法のこと。革に応用する着想を得たきっかけは、家族からのある依頼だった。
「妻から『デニムに穴が開いたので塞いでほしい』と頼まれたときに、修繕の方法として、以前から興味のあった刺し子についていろいろと調べたんです。その過程で、刺し子は革との相性もいいのではないか、ということに気づきました」
刺し子とパンチングレザーの幸運なる邂逅
刺し縫いをするためには革に穴を開ける必要がある。そこで思いついたのが、アパレルブランドの仕事で普段から扱っているパンチングレザーの使用だ。等間隔の穴が開いている革ゆえ、刺し縫いをするにはうってつけだった。
「すでに誰かがやっている手法だろうと思ったのですが、お客さんをはじめみなさん『見たことがない』というので、とても意外でした。おそらく、ハンドクラフトの手法である刺し子とスポーティなパンチングレザーは方向性が真逆なので、誰も組み合わせたことがなかったのかもしれません」
オリジナリティにあふれるコンビネーションを考案した石橋さん。自身が普段使いでBMXに乗っていることから動きやすさを重視し、ベースとなるパンチングレザーにはソフトなヌバックを使用。脇の部分にマチを追加して腕を上げやすくするなどの工夫を凝らした。
ファスナーは予期せぬ偶然が生んだ副産物
もうひとつ注目したいディティールが、袖のヒジ下および上腕の後ろ側に取り付けたファスナーだ。刺し子の糸が切れた際には、ファスナーから手を入れて修理することができる。じつはこのファスナー、予期せぬエラーから思いついたアイデアを採用している。
「刺し縫いで革をぎゅっと引き締め続けた結果、革全体がおおよそ4~6パーセント縮んでしまったんです。その縮みを補うためにファスナーを取り付けたのですが、結果的に刺し子の修理をしやすい持続可能な仕様になりました」
ファスナーこそ怪我の功名であったものの、石橋さんの創作の底流には「安いものを何回も買い替えるより、ある程度高価でも長く使えるもの、できれば一生着られるものをつくりたい」という思いがある。修理を前提とした受賞作にも同様のマインドが反映されているといえるだろう。
自分が着たいものを自由につくる
石橋さんは、レザーウェアをメインで扱うアパレルブランド「オベリスク」のプロダクトマネジャー。多忙な仕事の合間を縫い、ものづくりを続けてきた。
「僕が制作するものは、基本的に自分が着たいものです。レザーアワードに関しては毎年応募してきたわけではなく、良いものができた年は応募するという感じですね。受賞できない年も応募作を着て楽しんでいるので無理がないし、自分でもサステナブルだと思います(笑)」
無欲恬淡なスタイルを長年キープしつつ、ついに射止めたグランプリの座。今回も受賞に向けて特別な対策を練ったわけではない。だが、石橋さんは作品を応募した後、「ジャパンレザーアワード 2023」のホームページを見てあることに気づいた。
「審査員の方たちから期待されている要素が、今回の作品にことごとく当てはまったんです。直感的に何かしら受賞できるかも、と思いました」
時間とコストにとらわれないものづくり
入賞を目指すのではなく、シンプルにかっこいい作品をつくりたいという思いが先に立つ。クリエイターとしての嗅覚は、時代のニーズをナチュラルに作品へと落とし込む。
自分のためのものづくりだから、けっして妥協はしない。時間とコストにとらわれず、最高だと思えるものをつくることをモットーとしている。
「いつも思っているのは、プロが本気で遊んだらすごいものができるんだぞ、ということです。自分のやっていることは、この言葉に尽きますね」
すでに受賞作のバージョン2を構想しているという石橋さん。湧き出る創作意欲のおもむくままに、これからも「プロによる本気の遊び」を極めるつもりだ。